引き寄せの法則の本て、本によって、言ってることが違うぞ! ということは多々あります。
それがどうしてそういうことになるのかという理由について、私なりの考えを書きます。
お釈迦様の法則
お釈迦様の法則というのは、今私が勝手に思いついた言葉ですが、お釈迦様は、仏教の「悟り」について弟子たちと話すとき、弟子によって、それぞれ別々の話をしたそうです。
その理由は、悟りというつかみどころのないものを伝えるのに、「その弟子に合っている」ということを念頭においていたから、話言葉自体は別々の言葉になったとのことです。
私は、引き寄せの法則についても同じことが言えるのではないかと思います。
なぜ、人によって、こんなにも言ってることが違うのかというと、マスターした本人のしっくりきた言葉で伝えるからだと思われるのです。
だから、それぞれ、違っていても、間違っているわけではなかろうと信じています。
自分にしっくりくる言葉を探すために
そこで、引き寄せの法則を理解しようと思ったら、私は、自分にしっくりくる言葉を探すために、色々な人の本を読むと良いと思っています。
有名な引き寄せの法則の本でも、
「何だか言ってることがさっぱりわからない」とか
「本を開いてナナメ読みしただけでウンザリ」とか
「この部分は納得できるけれども、この部分は何か違うなー、わからいなー」とか
色々と感じます。
肌に合わないということはたくさんあります。
そんなわけで、「引き寄せなんてもういいや」と投げ出してしまったこともしばしば。
でも、たまたま何かのきっかけで、別の人の書いた本を読んで「そうか! ナルホド!」と急に腑に落ちたりすることもあります。
まとめ
今日は、なぜ引き寄せの法則の本は、書いた人によって違うことを言っているのかということについて書きました。
引き寄せの法則というのが、仏教の悟り同様、言葉で説明するのがとても難しいものだからということと、それでも理解してもらうために説明する人の言葉選びや因縁がそれぞれ違うから、まあ、違っていて当然と思えます。
色々な人の本を読んで、私なりの引き寄せの法則を得心したいと思っているところです。